日本とチェコスロバキア間の外交関係は1919年に樹立されました。1939年からの一時的な中断の後、1957年に外交関係は再開されました。1993年にチェコ共和国として分離・独立を宣言した時、日本は、最も早くこの新しい国を受け入れ国家承認を行った国々の一つでした。両国の国交正常化50周年に当る2007年には、クラウス大統領・同夫人一行が日本を公式訪問し、その際に記念祝賀会が開かれました。
日本とチェコ共和国(チェコスロバキア時代も含む)は政治的、経済的な違いにもかかわらず、良好な関係を保ってきました。1989年以来、二国関係はいっそう緊密になり、多岐に渡るようになりました。
日本・チェコ間の経済関係も急速に発展しています。2009年5月の時点で、日本からチェコへの直接投資は約31億ドルに達し、この国へ進出している日本企業も242社となりました。二国間の貿易も着実な伸びを見せており、2008年には、日本のチェコからの輸入は93億コルナ、チェコへの輸出は798億コルナとなりました。
チェコ共和国における日本企業
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企業数 |
投資額 |
雇用者数 |
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投資 |
製造業 |
87 |
3,050.1 |
39,960 |
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研究開発その他 |
3 |
12.1 |
265 |
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販売、貿易他 |
152 |
54.8 |
3,845 |
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合計 |
242 |
3,117 |
44,070 |
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(2009年5月22日現在、ジェトロ-プラハ。単位、投資額:百万ドル、雇用者数:人)
文化交流
両国間の文化交流は、特に1989年以降、政府レベル、民間レベル共に、飛躍的に発展・深化しており、様々な日本の美術や伝統・文化がチェコ共和国に紹介されるようになりました。また、チェコの人々も自主的に茶道教室や生け花教室を開いています。最近では若い人を中心にポップカルチャーへの関心も高まっています。
両国にはそれぞれ交流団体があり、親睦や日本人とチェコ人の間の友好を促進する活動を行っています。交流は地方自治体レベルまで発展しており、高崎市とプルゼニュ市、草津町とカルロビ・バリ市、京都市とプラハ市そしてみなかみ町とウヘルスキー・ブロト市は姉妹都市の関係を結んでいます。
要人往来
日本からチェコ共和国へ
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1994年12月 |
松永 信雄政府代表 |
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1995年9月 |
衆議院外務委員会調査団 |
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1996年8月 |
河野洋平元外相 |
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1996年9月 |
武藤嘉文元外相 |
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1996年10月 |
清子内親王殿下 |
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1997年8月 |
池田行彦外相 |
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1997年8月 |
斎藤十朗参議院議長 |
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2000年9月 |
宮沢喜一蔵相 |
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2001年7月 |
田中眞紀子外相 |
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2002年1月 |
遠山 敦子文部科学相 |
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2002年7月 |
天皇皇后両陛下 |
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2003年8月 |
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2005年1月 |
中川昭一経済産業相 |
2007年8月 |
衆議院予算委員会調査団 |
2007年8月 |
逢沢衆議院議院運営委員会委員長 |
2008年7月 |
横路衆議院副議長 |
2009年5月 |
チェコ共和国から日本へ
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1993年4月 |
カレル・ディバ経済相 |
1994年11月 |
クラウソヴァー首相夫人 |
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1995年8月 |
イヴァン・ピリプ教育相 |
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1995年12月 |
ヴァーツラフ・ハヴェル大統領 |
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1996年9月 |
ヴァーツラフ・クラウス首相 |
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1996年10月 |
ヴラジミール・ドロウヒー商工相 |
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1997年12月 |
ペトル・ピトハルト上院議長 |
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1999年5月 |
ヤン・カヴァン外相 |
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1999年10月 |
ダグマル・ハヴロヴァー大統領夫人 |
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2000年7月 |
イヴァン・ハヴリーチェク上院第一副議長 |
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2002年2月 |
イジー・ルスノク財務相 |
2005年5月 |
マルチン・ヤーン経済担当副首相、ぺトラ・ブスコヴァー教育相、ぺトル・ピトハルト上院副議長 |
2005年6月 |
イジー・パロウベク首相 |
2005年9月 |
ミラン・シモノフスキー副首相兼運輸相 |
2006年11月 |
ラトコ・マルチーネク地域開発相 |
2007年2月 |
ヴァーツラフ・クラウス大統領、カレル・シュワルツェンベルグ外相 |
2008年9月 |
ヴァーツラフ・クラウス大統領 |
2009年3月 |
マルチン・ブルシーク副首相兼環境相 |
2009年12月 |


